それは根源。 これから紡がれるすべての事象の始まり。 永劫に回帰する世界の支点。 採光にと高所へ等間隔で設けられた、上枠が美しい弓なりを描いている細長い窓より降り注いでいる眼を刺す白光が、外界が陰鬱になるほどの晴天であること知らしめていた。 長時間その陽射しの下にいたならば、じりじりと焼け焦げて行きそうですらある。 しかしこの陽光を持ってすら、城の内部全てが薄い闇の帳が一枚かけられたように仄暗く、聖別された奥津城の静けさを纏っていた。 時折降り注ぐ明かりがあるだけに余計に闇を色濃くしている、ひんやりと冷気を放つ冷たい石壁に囲われた廊下を、子供が怖れ気も無く進んでいく。 産まれたときより慣れ親しんでいるから、では決してない。 むしろ子供は此処とは正反対の、白漆喰で固められ人気が無くとも住民の笑いさざめきが伝わってくるような明るい場で育った。 なれどこれより己が住居となる城の静寂を厭うでもなく、むしろ何処かしら慕わしいものと捉えながら歩を進め探索を続ける子供は、まるで影に潜むようにして設えられた幅の狭い扉を見つけた。 脳内に描いた地図から、中庭の何処かに通じるものだろうと当たりを付ける。 これより前にも幾つか眼にしており、看過しても問題はなく、実際に初めの数個を確認した後はそうしてきた。 だと言うのに、なぜであろうか。 少年は此度はそれを捨て置く事が出来ず、長の年月に摩耗し薄黒くなった真鍮の取っ手に手をかけて小さな扉を潜った。 先に広がる樹木は城内部に整えられた庭園には凡そ相応しからず、巨大であり見事な枝振りを誇っていた。けれど幹本付近の下生えは正しく人の手が加えられ整い美しい。今が盛りの花々は昼を過ぎているというのに、樹木によって陽光から守られた露を含んで綺羅々々しい。 密集する樹影の向こうに城壁が見えるから、さして広範囲という訳ではないのだろうが、それを伺わせない見事な庭である。 誘われるように重なる樹々の間に踏み行った少年は、網膜に捉えたその人影に眦を大きく見開いた。 高さはそれ程ない、根元近くより天を目指すものと地の果てを目指すもの二つに大きく枝分かれした緑も濃い一本。上へと成長を続ける太く立派な幹へ背を預け、その半分ほどであろうが充分に太い横に大きく伸びた分枝へと腰掛け書を開いている人影。 長い銀糸は青々とした下草へと蟠り渦をまいている。 陽光よりも尚いっそう眩ゆい輝きが地に着いて汚れてしまうのが、許されざる冒涜であると感じて、少年は一瞬の硬直の後素早く駆け寄ってその銀糸を掬って手に絡めた。 その膚に触れる絹糸にも勝る滑らかさに陶然とする子供に、虚をつかれたのだろう相手の声が落とされた。 「子供?」 冷ややかに透き通った響きに咄嗟に顔を上げれば、切れ長の美しい両眼より鋭利な訝しみが注がれる。それは対する者が幼いとて露とも温もりを含まぬ、攻撃的で甚だ物騒な輝きを放っていた。 もし僅かでも守備の琴線に触れる素振りが見えたなら、この麗人は躊躇わずに刃を振るうだろう。 「何故いる?此処はそなたのような未熟な輩が侵入を許可された範囲を逸脱しておろうに。しかも、一族の者ではないな」 血族は皆似通った色彩を纏う故に、誰がどの族に属すかは大抵一目でそれと分かる容姿をしている。 己の銀糸を掴む子供は、明らかに一族外の存在であった。 「俺は」 たたみ掛けるように降る言葉の数々にどのように答えたものかと思案し、確かにこの城の異物である少年は取り敢えず名乗るべきかと口を開いた。 しかし名乗りを上げるよりも先に、子供を観察していた青年が目の覚めるような赤髪に目を眇め、得心がいったように言葉を発した。 「ああ、そういえば。グリフィンドールの嗣子がくると言っていたな。確か、ゴドリックと言ったか?貴様がそうか」 抱える膨大な魔力を自在に操る故に、自身に絶対の自信と誇りを持つ青年は周囲にあまり感心を払う事がない。英知を蓄え能力の研磨を己に課し、それに時を費やす彼の気を惹くものといえば術式や論理、薬学の研究や討論だ。それ以外に特に興味を持たない青年は、一族の長である長兄より伝え聞いていた事柄を忘れていた。 だが彼の明晰な頭脳に置いて完全なる消去といった事象は滅多に行われず、隅にしまい込まれているだけである。 引き出してしまえばなんのことはない。 思い出した目前に立つ金眼の子供に関する情報と、この瞬間にも蓄積されていく情報。 己をも凌駕する超大なる魔力の満ちた未成熟な五体にそれを壊す瞬間を夢想し、サラザール・スリザリンは、白銀の蛇は魔性を潜めた緑の湖沼たる両眼を愉悦に光らせ、毒を滴らせるように甘美な響きをもって歓迎の言葉を紡ぐ。 「このように心躍るは久方ぶりだ。よろしく、紅の仔獅子よ。いずれ貴様を屠る時を、楽しみにしていよう」 そう、残虐に艶麗に笑った美しい蛇の毒に、朱金の獅子はその時既におかされたのだ。 円環なるウロボロス(尾を喰らう蛇)。 それは完全へと至る相反せし者共が融合。 |